2017年9月28日木曜日

福知山線、加古川線、鍛冶屋線

1981年5月の連休。
当時尼崎に引っ越した直後。ヒマだったので、近場の国鉄路線の乗りつぶしを行いました。
福知山線で谷川へ行き、加古川線、鍛冶屋線、三木線を訪問します。

加古川線は比較的有名なローカル線、三木線は刃物で有名な三木への路線と知っていましたが、鍛冶屋線は予備知識がありません。どんなローカル線が楽しみです。「鍛冶屋」とつくからには町工場がたくさんあるのかもしれません。



 福知山線のDD51牽引旧型客車のローカル列車に揺られて谷川へ向かいます。途中、篠山口で長時間停車。記念写真をパチリ。山間の駅の感じがよくわかります。客車といい、石積みの低いホームといい、いかにも昔の列車です。



谷川から加古川線の気動車に揺られて西脇に到着。こので鍛冶屋線の気動車に乗り換えたと思います。結構大きな構内を持つ駅ですね。列車は20系30系気動車で、どれもこれも首都圏色になっていました。このころには朱色とクリームの一般色はほとんど見かけなくなりました。



鍛冶屋線の終点、鍛冶屋に到着。ローカル盲腸線によくあるタイプの駅です。ホームは一面、機回し線と貨物引き込み線があります。写真からわかるように山が迫ってきていて、のどかなのどかな終着駅でした。

折り返しまで時間があるので駅の反対側まで歩いていきました。ここで線路は終わりです。草むした線路と枕木の車止め。 これから先に延びる予定はあったのでしょうか。



鍛冶屋駅はこじんまりとした好ましい駅舎です。本日は祝日(5月3日だった?)で日の丸が風に揺れています。


駅前にはローカルバスのりばがあり、客待ちのバスが待っていました。このバスに乗るとどこへ連れて行かれるのか興味がありましたが、帰れなくなるので予定通り折り返し列車で戻ることにします。

2017年9月26日火曜日

小松島線訪問記

1981年夏に四国を巡った際に、当時最短路線であった小松島線を訪問しました。



徳島から小松島行の客車列車に乗車。 確か、車内はガラガラだったと思います。


いきなりですが、終点の小松島港駅に到着。 機関車は切り離され、すぐに機回し。


南海フェリーのりばがあり、大変賑わっていました。


折り返し列車はすぐに出発していきました。




もっと寂れていると思ってましたが、そんなことはありませんでした。
次の列車を待つ時間はないので、牟岐線の中田まで歩くことに。
国鉄最短路線なので問題ありません。



左端の線路が小松島港駅に通じています。


小松島駅は広い構内を持ち、古いながらもとても立派な駅舎でした。
ただし人気がありません。



中田駅はこじんまりとした分岐駅で、側線も少なくいかにも田舎の駅です。
模型化に好適な駅ですね。コンパクトにまとまります。

小松島線は、1980年の国鉄再建法施行を受けて翌年に第1次特定地方交通線に指定され、1985年(昭和60年)3月14日をもって全線廃止となりました。

小松島港駅は仮乗降場扱いだったので、「小松島駅で乗車して小松島港駅で下車(あるいはその逆)できるか」と、話題になっていました。小松島港駅の手前で小松島駅に停車しましたから物理的には可能です(駅舎から離れた曲線のホームがありました。上屋もなく単なる停車場)。
小松島港駅と小松島駅の間の営業キロはゼロですから無料?
入場券だと車内に立ち入れないし。

実行した人、いるんでしょうか。


2017年9月24日日曜日

尼崎港線旅客営業最後の日

福知山線の塚口駅から尼崎港駅の間に旅客列車が走っていました。
DD13が牽く旧型客車で有名でしたが、1981年4月1日に旅客営業が廃止されました。
以下はその前日、3月31日の塚口駅の様子です。


塚口駅には大勢のファンが詰めかけていました。側線に多くの貨車が並んでいるあたり、時代を感じさせますね。



最終列車(と思ってましたが、この後の列車が最終だったようです)がDD13の推進運転で到着。




DD13 256[吹田一]+スハフ422162+スハフ422299
客車はサッシ窓に交換されており、青色の更新車です。意外と立派ですね。
この当時の福知山線のDD51牽引客車列車はほとんどが茶色で、電気暖房の2000番台を見かけたことがありません。本日は多客と見越してサービスしたのでしょうか。


この当時、確か宝塚まで電化され、黄色い103系が投入されていました。
DD51の客車列車との落差が大きい。
友人と客車列車に乗った際に、彼が「扉が手動だ」と、とても驚いていたのを記憶しています。


皆さん、撮影に余念がありません。


隣にはDD51 575が牽く客車列車が到着。



「尼港線よ永遠に」 これは誰かのお手製のサボでしょうか。


「塚口⇔尼崎港」 この行き先札も、今日で用済み。







DD13 256は汽車会社製でした。



出発時刻が迫ります。



今日ばかりは客車一杯の乗客。満員です。

2017年9月21日木曜日

野上電鉄訪問記(2)

前回の続きです。

折り返し電車を動木駅でパチリ。鉄橋がいい味を出していると思いませんか?

動木駅で降りたのは、川沿いを走るところを写真に収めたかったから。
腕が悪いから、ぱっとしませんね。


動木駅を離れて、隣の紀伊野上駅に向かいます。その途中の川沿いで下り電車をパチリ。
手前に花を入れて気取ってみました。光線の関係で画像の右半分が黒く潰れてます。
相変わらず、ぱっとしません。

紀伊野上駅には、これまた古めかしい2軸無蓋車ト10型ト11がいました。
無蓋車は普通木製ですが、これは鋼製ですね。内側の鉛丹塗装が目立ちます。
鉄道省のト20000の払い下げかと思いましたが、違うようです。
Wikiによれば元南海電鉄の車両の由。


紀伊野上駅の構内はこんなもの。大きさも手頃で模型にしたいですね。
こんな小さな駅でも、駅員さんがいる有人駅だったと記憶しています。

 電車がやってきました。

銘版ですが、大阪 関西交通 昭和3年? のように読めます。

終点、日方駅に到着しました。どなた様もお忘れ物なきよう。
帰りの電車で、車掌さんが乗客に知り合いの女性を見つけたらしく
一生懸命口説いていたのを覚えています。おいおい、業務中だろ・・・


だいぶ日が傾いてきました。とても楽しい一日でした。
野上電鉄、ありがとう。